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2017年2月 2日 (木)

人権は、決して戦争に負けて外国から教えられたものではない。

多くの人が、人権について、戦前の日本になく、戦後、戦争に負けて、外国から教えてもらったものと思ってはいないか。
しかし、互いを尊重しあおうという考えは、日本に戦前からあった。
その根拠の一つが、明治30年に発表された「教育勅語」である。
教育勅語は、当時の明治天皇が、大学等を見学されて、道徳教育が荒廃していることを憂い、井上毅が天皇の命を受けて、国民と天皇がともに身に着けるべく努力すべき道徳として発案したものである。
戦後の反日教育の結果、「教育勅語」と聞いただけで、何か拒否アレルギーを持つ人もいるかもしれない。
しかし、この教育勅語の中にこそ、日本が昔から大事にしてきた道徳が隠されているのだ。
教育勅語の中に、わが祖先が大事にしてきた道徳として、「爾臣民、父母に孝に、兄弟に友に、夫婦愛和し、恭倹(きょうけん)己を持し、博愛衆に及ぼし学を修め業を習ひ 以て智能を啓発し徳器(とっき)を成就し、進んで公益を広め世務(せいむ)を開き・・・・」と紹介されている。
「父母に孝に」とは、なんだろう。今でいえば、父母及び高齢者を大事にということではないであろうか。
「兄弟に友に」とは、兄弟仲良くだ。
「夫婦愛和し」とは、当時はドメスティックバイオレンスなんて言葉なかった。しかし、当時から、そういうことはいけませんよと言っていることに他ならない。また、夫婦が互いに協力せよというところも何か新鮮さを感じる。今の時代、男に対してやたら育児をせよなどという風潮が強いが、夫婦愛和しとは、女性も男性を支えなさいということだ。これも、もっともな道徳である。
おまけに、「博愛衆に及ぼし」にいったっては、障碍者や外国人、アイヌ民族、被差別部落差別、現代にいたっては、LGBT?の人たちを含むだろう。昔でいえば、徳川綱吉の生類憐みの令で、動物を保護したのも博愛に含まれるだろう。
つまり、日本では、教育勅語が発表された明治30年には、既に、互いに尊重しあう大事さを教える教育があったのだ。
もっと言えば、人権は、戦争に負けて、外国に教えてもらったわけではない。
それより、はるか以前から、日本人が代々大事にしてきた価値観として持っていたものだ。
この教育勅語は、GHQの命令を受けて、日本人の手で、国会で廃止された。
しかし、一体この内容のどこが悪いのだ。
むしろ、教育勅語を廃止してしまったために、現代の日本の道徳の乱れがあるようでならない。
もう一度言う、教育勅語の中に、既に人権思想が含まれている。
人権は、決して、戦前の日本がひどかったから、外国によって教えられたものではない。
日本は、明治30年から、いや、聖徳太子が、17条の憲法で、「和を以て貴しとなす」とした時から、ずっと他人を思いやる心を大切にしてきたのだ。
日本の人権教育は、そのことに全く振れず、憲法に書いてあるから、大事にしなければならないという教え方をする。
しかし、そのように戦後と戦前で分けたような教え方をするから、だめなのだ。
日本は、神代の時代から、他人との関係を大事にする、和を大事にする国民だった。
立ち直れ!日本!
このようにGHQに破壊された価値観を一つ一つ取り戻すことによって、国民が精神の再武装をし、再び強い道徳大国に生まれ変わるのだ。






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