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2016年8月16日 (火)

平和を誓わず、顕彰をされたい。

靖国神社は、「平和」を誓う場ではなく、戦死者を「顕彰」する場である。
今の尖閣諸島問題のように、日本に戦う意思がなくとも、外国が侵略してば、戦わざるを得ない。
つまり、平和になるかどうかは、相手によるのである。
最近では、国民の生活が第一と国民に訴える政治家もいるが、国民の生活を第一として、相手国が我が国に攻めてきたときに、戦わずに降参すれば、命(生活)は保障されるかもしれません。
ただし、そこで失われるもの(皇室、神社、日本語、伝統)が在るから、先人は、子孫のために自己の命を懸けて、戦ってくれたのです。
確かに、大東亜戦争で敗戦した結果、占領軍は、鬼畜といわれるほど、国内で狼藉を働きませんでした。皇室も、皇室から追放された人はおりましたが、ひとまず安泰でした。しかし、それは、先人が、ねばり強く戦ってくれたおかげなのです。これが在ったから、占領軍は日本を恐れ、憲法は改正しても、皇室は継続されたのです。
したがって、靖国神社で参拝するときには、先人に対して、よく戦っていただきましたと「顕彰」するのが、本来の参拝の在り方だと考えます。

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